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2008年5月11日日曜日

2008年秋学期開始 9月2日

秋学期開始は9月2日火曜日です。このクラスブログの更新はそれまでお休みです。

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2008年5月7日水曜日

2008年春学期終了



期末試験期間は5月5日から13日ですが、このクラスは期末がなかったので、今学期はクラス終了です。

例年、春学期はトピックのひとつを「アジアの中の日本」にしていましたが、今学期は「世界の中の日本」に変更しました。アジアにおける日本を考える時、歴史的な事柄を避けては通れず、話題が重すぎるというコメントが二年続けて学生からあったからです。その結果として、南京事件や教科書問題などについては触れる機会はありませんでしたが、そのかわりに、日本のロボット技術について(ペットボトル)や日本に宣教師として来ているモルモン教のアメリカ人青年の話(象)、日本で活躍する外人タレントと呼ばれる人々について(レモンチューハイ)などが取り上げられました。在日問題(スイ)や外国人力士について(ドラえもん)は、過去クラスで取り上げましたが、今回は時間の関係で省いたところ、学生が作文トピックとして取り上げてくれました。

来年からは「ビジネス日本語」を内容に加えることが決まったので、学期中どういった話ができるかはまだ未定ですが、みんなが話したい内容、作文として書いてみたいと思えるような話ができるように、これからトピック選択を吟味したいと思います。

GWの卒業式まで2週間をきりました。今年卒業の人は、卒業後の活躍を応援しています。そして、まだ卒業しない人は、またキャンパスで会いましょう。

たこ焼き


<追記>
「世界の中の日本」で、個人的にとてもおもしろいと思った話のひとつが、ラナルド・マクドナルドという人についてです。偽装漂流してまで日本にやってきた彼は、死刑覚悟で日本に単独で乗り込み、日本で初めての英会話教師になりました。その勇気(無謀な行動?)には驚きます。黒船のペリー来航の際、通訳をした森山栄之助は、ラナルドの弟子で、後々、ヨーロッパに派遣され欧米諸国との関係を築くのに尽力したということからも、ラナルドが日本開国に間接的にでも与えた影響は小さくはなかったということになります。日本人に身近な「英会話」にまつわる興味深い話でした。

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『千と千尋の神隠し』を見て 〜 感想文〜

10歳の少女、荻野千尋は、ある夏の日、両親と共に森の中に迷い込んだ。
 好奇心から奥へ奥へと入ってしまう。出口を出た先にひろがっていたのは
  どこか懐かしさの残る広大で不思議な世界だった。
   神の食べ物を口にした両親は豚になってしまい、一人残された千尋は
    謎の少年ハクの助けで両親を助け出そうと決心する。
     湯屋の経営者、湯婆婆に名前を奪われるも、
     「千」という新しい名を授かった。


二つの感想文を紹介します。

文化要素が結構混じる「千と千尋の神隠し」by ペットボトル

 「千と千尋の神隠し」には文化要素が結構混じっている。もちろん、アニミズムや神隠しのことは日本的、竜や湯場は中国的、魔女の湯ばばや彼女の部屋も西洋的で、とても神秘的な雰囲気を混じるわけだ。最初にこの世界は変だと見えると、とても不思議な所の感じが出てくる。

 この別々のスタイルの利用は登場人物の分離を可能にする。各自のキャラクターは個性的で、別の文化は別の人物を引き出す。たとえば、湯ばばの部屋はヨーロッパのようで、暗い。秘儀の魔女的な部屋で、湯ばばは欧米の顔もある。この全部は彼女のキャラクターを増す。その上に、ハクは竜で、たとえ日本的な水神でも、その中国的な特性はもちろんハクの人物をもっと面白くさせる。混じっている文化要素は面白いだけではなく、「千と千尋の神隠し」の話も聴衆のために魅惑てきな雰囲気を作ってくれる。

「ありえない世界」に隠れるメッセージ by 象

 インタビュー(注1)で話し手(注2)は、宮崎さんが「ありえない世界を出現させる」ことをしたいだろうと言った。アニメーションなら、できるはずだ。そして、色々文化からきた景色や人々を使うと、そんな「ありえない世界」ができる。その中で、友好的なメッセージが入っていると思う。

 アメリカでも、同じことをよくする。たとえば、ディズニーやドクター・スースも、「ありえない世界」を作って、その中に、世界の問題や現代のことについて、メッセージやコメントが入っている。ドクター・スースは、特にそんなことをよくやった。冷戦の時に、絵本でアメリカの政治状態についてコメントしたと言われている。

 だから、宮崎さんの目的がなんとなく分かると思う。可能な世界を作れば、友好的なメッセージが入れられないだろう。宮崎さんの不思議な、文化が混じっていた「ありえない世界」は、このように社会のためにメッセージができると信じている。

(注1)Karen Colligan-Taylor "LIVING JAPANESE 生きた日本語" (Yale University Press)
第11課 アニメと漫画について語る
(注2)Motoko Matsuda (a freelance book editor)


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2008年5月5日月曜日

宮崎駿の心強い少女


  千と千尋の神隠しは宮崎駿監督によって作られたジブリのアニメだ。ジブリのアニメはいつも伝えたいメッセージがひそかに入っている。千と千尋の神隠しも同じだ。千と千尋の神隠しは他の宮崎駿の映画と似ていて「若い娘は頑張れば親がいなくてもちゃんと責任を持って自分自身の世話をすることが出来る。」というメッセージがこもっている。宮崎駿の映画は大抵主人公が若い女の子でなぜか親から逸れている。そして映画で出てくるチャレンジはどうやって親から逸れている間に危険をしのいで日々を過ごせしていけるかだ。

  千尋は親と一緒に引越しの途中に寄り道をして、親は怪しい食べ物を遠慮せず食べて罰を受けた。千尋は仕方が無くなぞの世界へ連れて行かれた親に付いていって親を助け出そうとする話だ。この世界では魔法が使われていて普通の人間では不利な世界だ。湯ばばはその魔法使いの中で一番強そうな登場人物なのに千尋は気にせず逆らって親を助け出した。この勇気もその責任感の内に入る。宮崎駿は同じメッセージを何回も自分の映画に繰り返して入れているけれど違うシナリオで示している。もののけ姫ととなりのトトロはその中でもっとも有名な二つだ。

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2008年5月3日土曜日

インターネットに支配された世界

  今、この世からインターネットが消え去ったらどうしますか。先週アメリカのサウスパークという番組を見ました。サウスパークはアメリカのアニメだけれど子供には向いていない番組だ。サウスパークの主人公はみんな小学生だけれど現在の社会問題を風刺する番組だから見る人は大抵学生か大人だ。先週番組のテーマはインターネットが無くなったらサウスパークはどんな反応をするかだ。

  サウスパークに人々は道に集まってインターネットがないと叫びながらどうすればいいのかわからなかった。その上、テレビを使ってニュースを見て何が起こっているのかを調べようとしたらニュースもインターネットがないから何が起こっているかわからなかった。ちょっと大げさに番組だったけれどなんとなく伝えようとしていることが正しい気がした。

  今、「リサーチをしなさい」と言われたらインターネットを使わない人は多分百人中一人もいない。外はどんな天気かなと考えても、外に出て温度計を見たり、テレビが放送している天気予報を見たりしないで多分Weather.comのようなサイトを見るだろう。インターネットは時間が経てば経つほどインターネットにもっと優れた機能が開発される。例えば普通のサイトではなくFlashPlayerを使ったサイトは乗っているものを動かしまわしたり、ビデオや音楽が載せられる。その人気がどんどん増えているのはインターネットが昔の電話回線を使うのでなくその何百、何千倍ものスピードで動くインターネットが発売したからだ。

  電話回線は秒速凡そ十キロバイトで動き、今大学で使っているインターネットは秒速千キロバイトで動けるけれど決して最大ではない。この新しいスピードでテレビをインターネットでライブで見れたり、ニュースなどの動画をすぐダウンロード出来る。しかもインターネットのwwwはWorld Wide Webを略した物で、名乗られたとおり世界を繋げているものだ。

  今はインターネットの時代だ。ビジネスでも100%インターネットで作動している会社もどんどん増えている。サウスパークで起きた事件みたいに実際インターネットがなくなったり、ハッカーに支配されたりしたらこの世はどうなるか考えたくもない。でもこんなインターネットに支配された世界にそんなことはめったに起きないはず。だから今は一安心してインターネットをどうやって自分の利益に変換出来るか考えた方がいいと思う。

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2008年4月27日日曜日

保育園の思い出



日本に住んでいたときには三歳のときから六歳のときまでに保育園に行った。日本人ばかりの保育園に白人の子供の一人、もちろんおかしくに見えたが、これは私の最初の日本語習い方だった。最初に言った保育園の容疑室は暗くて、保育士さんは厳しくて、子供の世界でひどい人に見えた。この保育園での最後の日には母に「もうあの人を取り除いたね」と言ったこともあった。その後で新しい保育園に通って、すごい幸せだった。


保育園の三年間は面白くて、私の発生の頃にとても大切だった。毎年には新しい組に入って、組はつき、ほし、にじなどと呼ばれていて、いい友達も馴れ合った。それで、普通の保育園のように取り仕切ていた。いい天気にはそとに遊んで、雨だったら屋内に「お母さん」遊びだった。いつもお散歩に行っていて、公園や動物園に行ってしまった。運動会がいつもあって、泥んこパンツ、白いシャッツなどを着て、黄色い帽子をかぶってチームに色んなゲームをして、母や兄が来て参加したことがある。リサイタルのときには、「大人になって何になりたい?」とテーマがあったときに、私はバレリーナになりたかったが、いくらかの主婦になりたかった女の子たちはすぐバレリーナに変えた。クリスマスのときにもみんなが手作りを売っていたときにはおもちゃのお金を使って綺麗に包んだおもちゃのキャンディなどを小さいおもちゃの買い物籠にいれて両親にそのプレゼントを買ってくれた。
この保育園で靴下を着るのは禁止で、自分のお箸や弁当を持ってきても言いし、給食もあげてくれた。小さい頃に保育園の牛乳だけを飲むのが好きだった。ある日、雨が降ってたときに雷鳴がごろついていて、保育士さんは「へそをかぶせないと、雷様が盗んでしまうよ」といった。いつも保育士さんは紙芝居を読んでくれて、とても楽しかった。

アメリカン・スクールという学校の一年生を開始したとき、私の保育園はさらばパーティをあげた。プールに泳いだり、スイカわりをやったりして、とてもほろ苦いさらばだった。その保育園は明らかに私の子供の状態に大切だった。

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2008年4月24日木曜日

進化した相撲界


  大相撲は日本独特のスポーツなのに外国人の参加によって変化している。スポーツは世界中に広がっていて、同じスポーツでも国別に各スポーツのリーグなどが出来ている。しかし、大相撲は日本に限られたスポーツだ。ジャッキー・ロビンソンに続いて数々のスポーツ選手がスポーツの人種の枠を破った。ジャッキー・ロビンソンはメジャーリーグベースボールにおいてアフリカ系アメリカ人選手としてデビューし活躍した男だ。この新しい傾向は全てのスポーツにおよぶ。この傾向は大相撲にも現れた。大相撲は武道、神事およびその母体となる力士・関係者の集団・社会を指す(注1)。

  大相撲は多分日本で一番日本の文化が現れているスポーツだ。日本人のみが参加するとしか思えない。見た目も昔の武士のように髪の毛をちょん髷にしている。審判をする「行司」と呼ばれる人もちゃんとした着物を着て、鳥帽子、軍配団扇などを付けている(注2)。こんな相撲界に外国人が入ったらどうなるのだろう。
  他のスポーツは外国人をチームに入れる時はそのチームに無い特徴を持つ選手を獲得する。例えば日本のプロ野球チームは大抵体がとても大きい、ホームランを簡単に打てるバッターを雇っている。J-リーグではサッカーがもっと盛んなブラジルなどから選手を雇っている。J-リーグでは外国人のストライカーが多い。ストライカーのポジションはチームの一番前にいる選手で大抵一番良く点数を入れる。こんな大切なポジションには体が大きい、サッカーの歴史が長いブラジル人を選ぶ戦略が多い。
  大相撲も同じで日本人よりはるかに大きい力士が登場してきた。曙太郎、小錦八十吉、武蔵丸光洋などだ。体が大きい外国人力士の中で良く知られている三人だ。名前を聞いただけでは他の力士とはあまり区別できないけれど本名は(順に) Chad Haaheo Rowan, Saleva'a Fuauli Atisano'e, Fiamalu Penitaniだ。曙と武蔵丸はハワイ出身で小錦はサモア出身だ。三人共それぞれ凡そ五百五十パウンドも体重がある。曙と武蔵丸は横綱になり、小錦は大関だった。小さい日本人の力士は相手のあまりの大きさに圧倒されてしまった。日本人唯一の横綱として残ったのが貴乃花だ。しかし貴乃花は年を取り、ケガが多くなり、休場も共に増えた。しかし、曙はすでに引退していて武蔵丸は一人で横綱していたので横綱審議委員会は貴乃花を無理やり復活させ、結局引退した。そして新しい時代が始まった。
  貴乃花の引退と同時に朝青龍は横綱になり、朝青龍の時代が始まった。朝青龍、本名Dolgorsurengiin Davadorjはモンゴル人だ。しかし他の外国人力士と違って体はそれほど大きいわけじゃない。体重は三百三十パウンド、武蔵丸より凡そ二百パウンド少ない。しかしさっき書いたように、新しい時代の始まりだ。朝青龍は他の力士より細く見えるがとても力強い。筋肉がとても大きいに違いない。歴代の力士よりずっと健康的な体格だ。朝青龍は二十二歳という若い年齢で横綱になった。当時横綱だった武蔵丸は勝負にならず、朝青龍が横綱になって一年も立たない内に引退した。残った力士や大関は全然相手にならず朝青龍の連続優勝が始まった。
  歴代の横綱はとても横綱のプライドをたいせつにして来た。勝つ時はちゃんと横綱らしい堂々とした勝ち方をしていた。例えば相手をよけないこと、顔を張らないこと、勝った後は礼儀良く勝つなど。大抵の力士はぶつかり合う時は体、または上手を狙うのに朝青龍はよく首を狙った。反則ではないが危ない技だ。その上、朝青龍は二千三年の名古屋場所で相手の髷をつかみ、反則負けをした。それは朝青龍が歴代の横綱を含めて初めて反則負けをしたことになる。その後、二千七年に朝青龍はケガをして「左ひじ内側副靱帯損傷、左尺骨神経障害、急性腰痛症、第5腰椎疲労骨折で約6週間の休養、加療を要する」(注3)と書いてある診断書を協会に提出したのに同じ日にモンゴルに戻り元日本代表の中田英寿とチャリティのサッカー試合に参加している姿が放送された。日本相撲協会はこの行動に対して朝青龍と親方は二人とも三十パーセントもの減俸を四ヶ月も受けた。その上二場所も出場することが禁じられた。髷事件と似て、横綱初めて秋場所と冬場所への出場が禁じられた。今までの横綱で一番横綱らしくない横綱だ。このような無礼な外国人だからこそ起こったと思われ、数々の相撲ファンの不安が広まった。しかし、こんな事件があっても相撲界を圧倒している朝青龍が大好きなファンももちろんたくさんいる。
  僕は外国人が大相撲に参加していることはとてもいいことだと思う。色々な文化を学びながら育った力士が集まると相撲のスタイルも異なっているに違いない。体の大きさもぜんぜん違う。しかし、前川愛さんの【「朝青龍問題」から現代を読み解く】という記事(注4)に書いたあるようにモンゴル人の圧倒が気に入らない人もいる。この記事には朝青龍が今までの日本人の最高優勝記録を破ったら殺すとヤクザに脅されていると書いてある。こんな考えを持っている人もいる。しかし、常に変化している相撲界に合わせて対応している力士がいる今、横綱が二人とも日本人ではなくモンゴル人であることにも拘らずとても面白いと思う。まるで大相撲が毎年進化しているようだ。

  
参考文献

注1  "大相撲-Wikipedia"
2008年4月24日確認

注2  "行司"
2008年4月24日確認

注3  "朝青龍明徳-Wikipedia"
2008年4月24日確認

注4  "「朝青龍問題」から現代を読み解く"
2008年5月2日確認

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2008年4月21日月曜日

タレントがありますか?

日本のテレビを見ると、すぐアメリカのテレビと色々の違いが目立つ。有名な人が何回も「うまい!」や「おいしい!」と叫ぶ食べ物の番組、タレントがいっぱ い集まったクイズ番組、製品が不明なコマーシャルなど、日本のテレビはまるで日本のユニークな点の一つと言える。私にとって、日本のテレビを見て、一番驚 いたことは日本の「外国人タレント」と呼ばれテレビによく出る外国人だった。初めてこの人たちを見て、私の頭に多くの質問が現 れた。どういう人が外国人タレントになるのか、そして、なぜ、どうやって外国人タレントになるのか。外国人タレントは普通テレビに出て、何をするのか。最後 に日本人、それに他のタレントではない日本に暮らしている外国人は外国人タレントをどう思うのか。この三点について調べてみた。

 
「外国人タレント」、また「外タレ」は戦後の復興とともに生じた現象だ。最初の外国人タレントは元米軍のミュージシャンだったかもしれない。しかし今、外国人タレントになるため音楽や園芸などの才能ではなく、「タレントになりたい」意欲だけが必要。日本の芸能界でもちろん外国人の中 国人や韓国人もテレビに出るけれど、普通外国人タレントと呼ばれのは欧米、南米、それにアフリカ人だ。外国人タレントになる人は様々な国から来るようだ。確かに、アメリカ人が70年代から多いけれど、今の日本のテレビを見るとナイジェリアのボビー・オロゴン、それにブラジル人、例えば日系二世のサッカー評論家のセルジオ越後、イタリア人、例えばイタリア語講師の講師、イラン人(コメディアンのランディ・マッスル)でも、色々の国からの人が見られる。外 国人タレントになるために、普通の道はタレント事務賞に申し込むことだ。タレント事務所が申し込んだ人たちを芸能界の仕事に紹介してあげる。代わりに、事 務所が給料の一部をもらう。外国人専用のタレント事務所で多くの外国人の写真、ボーカルサンプルが集まっている。

では、 その外国人タレントはテレビに出て、何をするのか。ほとんどの場合は三つにわけられる。一つ目はコメディアンとしてテレビに出る。先に述べたボビー・オロ グンはよくテレビ東京の「からくりTV」という番組でお笑いに日本語を間違い、色々のばかなことをするため、けっこう有名になった。日経エンタテインメント の調査によると、ボビーは日本二位好きな外国人タレントだ。または「パックン」と呼ばれハーバード大学卒業者のパトリック・ハーランもコメディアンとし て人気になった。パトリックさんは日本人のマコト・吉田と一緒に「パックン・マックン」という漫才コンビを作った。漫才者としての人気のおかげで、パト リックさんは外国人タレントの二つ目のグループに入っている。そのグループは外国語の先生だ。今、パトリック・ハーランはNHKの「英語でしゃべらナイト」 という番組のホストの一人だ。このように、NHKの外国語番組でイタリア人、インド人、フランス人などがよく出る。日本の一位好きな外国人タレント、セイ ン・カミュはテレビの英語に関する番組のおかげで有名になった。

最後のグループはニュース番組に出る外国人タレントこのグループの一番有名な人はデーブ・ スペクターだ。この人は日本のニュース番組で「外国人の意見」をよく述べる。それに、スペクターさんによって、日本人のホストが言えない意見を言うため にテレビに出る。デーブ・スペクターは今いくつものニュース番組にでたり、新聞と雑誌のために記事をよく書く。

スペクターさんとのインタービューによれば、外国人タレ ントと日本の社会の関係はパンダと動物園の観光者の関係と同じだ。つまり、外国人タレントを見るのは面白いけれど、ただの笑いものとしか見えられない。それに、世界中のと同じく、日本の芸能界は軽浮だ。今日人気がある者はすぐ面白くなくなる、テレビから全然消えてしまう。消えないように、タレントは事務所のプロモーションに非常に依存している。そのため、タレント事務所がいくら不正でも、人気を持ち続けたかったら、タレントは何も言えない。例えば、最近の事件に、ボビー・オログンがお金のためにタレント事務所の社長とけんかし、今テレビにせんせん出ない。スペクターさんによって、タレント事務所が給料から契約以上のお金の割りを取る事件は珍しくない。5年間以上芸能界に残り続いているデーブ・スペクターとセイン・カミュを見ると、二人とも日本のタレント事務所と離れ、自分のタレント事務所やプロダクション会社を作った。

多くの日本に生活している外国人にとって、外国人タレントは外国人の恥らしい。なぜなら、外国人タレントはほとんど日本語がぺらぺ らなのに、多くの外国人タレントはテレビに出て、ばかなことばかりをする。こういう行動で外国人タレントは「ばかな外人」のイメージを増やしているとよく言 われている。私は日本に留学したアメリカ人として、外国人タレントにかんして好きではないけれど、嫌いでも言えない。一方、ボビー・オログンのテレビで見せる性格を見て、私は黒人なので日本 でよく「ボビー」と呼ばれのは嫌だった。外国人の代表として、他の日本にいる外国人に義務があると思います。しかし、日本のテレビで外国人タレントだけではなく、多くの日本人(北野 武のような尊敬されている人でも!)はばかなことをする。「ボケ」は日本のテレビの基本的な役の一つっではないか、と私がよく思う。未来に、日本語が話せる外国人が増えるにつれて、外国人タレントはもっと真面目や賢い役ももらう かもしれない。

参考文献
<1>外国人タレント
<2>Life as a Japanese TV star
<3>Lights, camera, gaijin
<4>ボビー・オロゴンが事務所で大暴れ
ブログ:
<1>http://bijigami.exblog.jp/7755685/
<2>http://blog.hohoemilife.net/article/8634331.html
コメント:確かに外国人として、外国人タレントを見て、なぜかいつもタレントと私の日本語能力を比べてしまう。私の方が勝ったら「何だよ、あいつそんなに上手じゃないのにテレビにでってる!やっぱり俺がタレントになるべき」と思います。しかしデーブ・スペクタのような上手な人を見て、「やばい、もっと勉強しないと!」とおもいます。

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在日コリアンと大衆文化

在日ブラジル人、在日中国人など、在日、~系日本人として日本で暮らしている人は少なくない。だが韓国人の私にとって在日といって先に思い浮かぶのは、やはり在日韓国人、在日朝鮮人である。幼いころ日本に住んでいた時も、自分は韓国人だということを家族から強調され、育てたれた。戦時のように強制的ではなく、留学や経済的な目的で何年か滞在しただけのいわゆるニューカマー(new comer)だった私の家族は、そのうち母国に戻ることになって、私は自分の国籍やアイデンティティについて悩むことはなかった。そんな私に初めて在日という言葉の意味を理解し、認識させてくれたのは「GO」という小説だった。この本の主人公はある在日朝鮮人の高校男子で、作家である金城一紀本人も在日ということで話題になり、直木賞まで受賞した本だ。もちろんこの本が在日というトピックをはじめて使ったとは言えないが、ここ何年、小説から芸能界までにいたる、いわゆる日本の大衆文化に在日コリアンというトピックがどんどん使われている気がする。そしてその理由のうちひとつは、在日であることを隠すのをやめ、固有の存在をこのような方法で認めてもらいたくなったのではないだろうか。

在日という言葉自体は、日本に滞在、または移住しているという意味だが、いつしか在日外国人を示す言葉になった。日本に住んでいる外国人うち韓国人および朝鮮人は外国人人口の40%で、50万人を上回ると言う。だが、帰化した人や、不法移民者を含めればもっと大きい数字が出るだろう。朝鮮半島の人が日本に移住するようになったのは植民地時代、そして世界第二次戦中である。小学館の日本大百科全書(注1)によると、植民地時代、底辺労働者として日本に渡ってきたコリアンを戦後も母国に戻さず日本に封じ込めることで、在日コリアンの歴史が続いたと述べている。アメリカのように生地主義ではなく、血統を重要視する日本では、日本国籍への帰化が簡単ではない。いくら日本で生まれ、日本語を母語として習い育っても、ほとんどが日本国籍を持たないまま暮らしている。だが、戦後半世紀の間、法が変わり、終戦前から日本にいた住民とその子供(二世)、そしてのち三世までが永住を認められることになった。けれども母国の記憶が残り、母国へ戻る意志の強かった一世代に比べて、二世、三世代以降は日本国籍がないだけで、日本国籍ではないけれど日本人という曖昧な存在意識を持ちながら、色々な差別や不公平な扱いをされてきた。

そこで、大衆文化というものは彼らにとって抑圧されていた感情などをぶつけるのにとても適合した術になったと見られる。文芸、音楽、芸術など、ある作品を通してだろうが、自らの活動を通じてだろうが、なにか媒介を使って、自分たちの感情や存在を世間に直視してほしかったのではないだろうか。成功例といえば、冒頭で述べた「GO」という小説は2000年に出版され、直木賞を受賞し、豪華スタッフの手で映画にも作られた。在日や人種差別などの重いテーマを、軽やかに書き上げたことで評判になったのだ。近来では、2005年の始まりに公開された「パッチギ!」が在日映画として有名だ。この作品は日本人男子が朝鮮学校の女子に惚れ、彼女の心を惹くために朝鮮語を習ったりする内容だ。青春を描きつつ、民族問題も扱うことが評価され、その後、色々な映画賞で優秀作品賞および、新人俳優と監督までも受賞する映画になった。

そして2007年には、「パッチギ!」の続編映画「パッチギLOVE&PEACE」が公開された。この映画は、在日朝鮮人を演じた主演の中村ゆりの劇中での「芸能界ってなぜ在日を隠すの?」というせりふと彼女自身が在日であったを明かしたのが話題になった。実際、2005年に和田アキ子が在日二世だったということを告白したのが話題になった。それから有名な音楽家である布袋寅泰や、女優の南果歩まで、芸能界での在日カミングアウトがまるで流行のように起こった(注2)。

もちろん、在日であることをもともと明かし、芸能活動をしてきた人もいる。けれども近年になって、在日関係のトピックがもっと自然に使われたり、在日カミングアウトがもっと起こっている理由はやはり、民族意識の緊張が緩まったり、避けてきたトピックをもっと引用するなどと、在日たちがもっと堂々といられる時代になり始めたのかもしれない。お互いの国に悪感情を持ちやすかった戦争当時の時代からは、何代のも世代が変わった。そしてもっと色々な種類のメディアや、出来事につれ大衆文化の多様化も、在日が活動しやすくなるための設定になったのだと思う。今年の4月にはまた「焼肉ドラゴン」という在日に関する演劇も公演された(注3)。この劇は、ただ在日の話なのではなく、日韓両方の俳優が出演し、演出と脚本は在日3世の人だ。韓国でも公演が予定されているこの演劇は、在日と日本、もしくはもっと大きく韓国と日本を繋げる新たな橋のようにも見える。このように多分これからもたくさんの在日関係の作品が出てくるのだろう。そして今よりもっと、在日の存在を自然に受け入れる世代が民衆の中心となっていくのだろう。


参考文献:

(注1)小学館日本大百科全書 (知識検索サイト ジャパンナレッジ)

(注2)中村ゆり、南果歩「カミングアウト」 「在日」隠す芸能界に異変

(注3)日韓合同公演「焼肉ドラゴン (読売新聞)」



関連ブログ:

舞台大好き真あさのひとりごと♪というブログでは、「焼肉ドラゴン」の感想が書いてありました。カーテンコールの後も泣いたくらい感動できた!というので、ぜひ私も見てみたいということと、在日という設定があってからこそ感動できた部分はあったかを質問してきました。

ジブロ -在日コリアンの自分発信は在日韓国人のお方のブログでした。このブログのタイトルを見て、「あぁ、ブログも私の作文で述べられた自分発散用のメディアのうちひとつだなぁ」と感じ、在日という事を飽かし、ブログをすることでなにがよかったかを質問してきました。

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ロボットの国の日本:世界中のロボットステレオタイプ

     日本大衆文化の世界出現というと、たくさんの可愛いアニメ、おもちゃ、マンガなどを思い浮かべる。実際は、米国の人並みに日本文化の知識がある人に聞くと、今日の日本文化はいつもはなやかで、あかるい、キュートな文化が存在しているステレオタイプを持っていると言う。その上に、「日本人はみんなロボットだ」という冗談のステレオタイプも若者の間で聞いたこともある。最近友人と話していた時に日本人が発明したリモコン・トイレ・フラッシュによって日本人は優秀な人種になると冗談に述べた。ロボットと言うのは日本で一番進出している分野なので、電子工学の分野で絶対天才と考えられている。世界に見える日本の文脈にロボットのイメージを解剖するはずだ。どうして日本はロボットの国か調べて、どのように現実的なロボットを世界に見させているのかを説明する。

最近に日本にロボットみたいな物を発明したのは江戸時代の田中久重だった。「日本のエジソン」とよく呼ばれていて、永久置き時計や日本で一番目の蒸気機関車などを開発して、一八七五年に田中製造所を設立した。その会社はついに東芝(TOSHIBA)の会社になった。彼はからくり人形という日本的な自動物も作れて、驚くべき発明者だったそうだ。明らかに早い頃から日本人は自動のことを考えていた。もちろん、このからくり人形はロボットという言葉の真実味に欠ける感覚がするが、素晴らしい進歩だった。

    原始のロボット発明者は日本人ではない。イギリスのウイリアム・グレー・ウォルターは一九四八年にブルデン神経学学院で世界での一番目の電子自立ロボットを作ることが出来た。それでも、すぐ日本人がロボットのことを採用した。一九七三年に早稲田大学の加藤一路が人間の特質を持ったロボットを作り、そのロボットは「WABOT-1(ワボット-1)」と呼ばれた。このロボットは腕や脚があって、日本語を話したり、手に物を持ったりできた。限度はあっても、十八ヶ月の子供の意思能力があったと言われた。そして、もっと最近の日本のロボットはホンダ技研の百三十センチで五十四キロのアシモだ。アシモくんは脚二本で時速六キロで走れるし、宇宙飛行士みたいな外観がある。ASIMOはAdvanced Step in Innovative Mobilityという英語のかしら文字で、「革新的な機動力に進出した一歩」という意味だ。それから、「アシモ」と「脚も」のしゃれは同時発生ではない。「脚も」というと、このロボットが脚もある。ロボットのアシモは世界中で人気になっていて、米国の映画「ロスト・イン・トランズレーション」という映画にもアシモみたいなロボットが消されたシーンに出ている。この映画には日本の不思議なところがよく出るので、もちろん、アメリカ人のロボットステレオタイプもアシモのせいで見られる。

    日本文化はロボットのことを含むわけで世界中が日本をロボット国とみなしている。ユーツーブで英語で「日本のロボット」を検索すると、「日本ロボット戦い」、「踊る日本ロボット」、「唄っている可愛いロボット」も出てくる。だが、馬鹿らしいロボットが出るだけではない。二千二年に神戸で救助ロボットも作られている。地震や災害の時に人を助けることが出来る。瓦礫の下でも人を探すことは信じられないことだが、このロボットはそれが出来る。その上に、療法用の癒しロボットも作った。アザラシの「パロ」を「なでたり声を掛けたりするとざまざまな反応を示す」から、もっとうれしくなる発明だ。もちろん、犬か猫を使って、治療の結果があるけれど、それにロボットなら餌やトイレがいらない。ロボットでも同じ結果があるかもしれない。

    やっぱり最近の発明が日本にロボット国のタイトルを割り当てられた。ただし、娯楽だけのロボットじゃない。ロボットのステレオタイプにもかかわらず、日本で発明したロボットも人間に有用なことになっていて、世界中の世評が結局よかった。

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2008年4月20日日曜日

日本にいるモルモン宣教師のつらい生活



面白いことに、ラスベガスに住むモルモン信者が多い。私の近所に、お寺がたくさんある。小さい時、私の友達は、ほとんどモルモン信者だった。私は、その宗教信者ではないものの、その人々に同情できる。毎日、早い時刻に、神学校があって、生活には、色々な禁止があるからだ。例えば、コーヒーや、お酒、タバコなどは、だめだ。血を 汚れるからだ。

そして、宣教師にならなくてはならない。男性たちは、二年間ぐらい外国に住んで、女性たちは、十六ヶ月ばかり宣教師になることになっている。それにもかかわらず、アメリカでも、モルモン教について、色々な悪いことが言われている。信じること、今述べたのは、活上の禁止のこと、むかしにした事、非難されている。だから、モルモン信者に出会うと、私は、とても敬意を表する。

日本に留学した時にも、宣教師に出会ったことがある。その時、南山大学で、日本の宗教のクラスを取っていた。「ああ、日本にいるモルモン信者は、やはりつらい生活をしいるな」と思っていた。日本の人口の中で、「他の宗教を信じる」人々は、まだ1パセントだからだ。モルモン教会のサイトによると、日本にいるモルモン教の会員は、十二万六千人ばかりいるはずだ(注1)。そんなに小さい数が、モルモル信者だったら、宣教師の仕事は、難しそうだ。

だからこそ、日本にいる宣教師の生活はつらいと思う。後で、それはなぜかもうちょっと詳しく説明するが、次は、日本人の宗教に対する考え方をちょっと見ようと思う。まず、南山大学の宗教のクラスの先生は、次のことをよくおっしゃった。一般的な日本人の生活の中で、宗教的なものはどこにでもある。だが、その人に聞いてみれば、「ああ、私は、宗教的な人じゃない」と答えるかもしれない。面白いことに、「私は無神論者だ」という回答があまりない。でも、いつもお寺や、神社などに行く。たとえば、女性が妊娠している時、神社に行く。学生は、試験があれば、神社のお守りを買いに行く。そういえば、「宗教的じゃない」と答える日本人の考え方は、ちょっと変わってくる。これは、先生の気づいた経験だ。それは、西部地方の人にとって、ちょっと変だ。西部地方の人は、宗教的な人ではないと、教会に行かないからだ。日本の宗教考え方は、特別だと思う。日本で、よく聞かれたのは、仏教や神道は、宗教的なものではないということだ。むしろ文化的なものだ。祖先からやってきたものだからこそ、まだ生活に残っている。

これは別にいいけれども、モルモン宣教師にとって、やはり大変だ。アメリカでも、宣教師の生活はつらいが、アメリカでは、人々に、宗教の意識がある。だけれど、まだ外国人を信用あまりしない日本人には、モルモン教の宣教師があやしいと思われているかもしれない。

ハッフマン氏が英語で、日本にいるモルモン教の宣教師について本を書いていた。その本の中に、色々な文句を書いてある。仏教は、祖先からやってきたもので、モルモン教がいらないといった日本人が多かったらしい。そして、95年に起こった東京の地下鉄のサリン攻撃後で、モルモン教の信者のつらいことが増えてきた。例を挙げると思う。モルモン宣教師がある日本人の家から行った後で、日本人が、塩を投げた。この問題がよく起こったそうだ。これは、家を浄化するためにしたものだ(注2)。つまり、モルモン宣教師が来た後で、家は、汚いと、そんな日本人が思った。

朝日新聞の記事が出ていた。鈴木麻理子の作家は、こういう話を書いてあった。
鈴木さんは、宣教師にレイプされると書いた。信者がモルモン教について話すと、鈴木氏の友達がことばを使って、攻撃した。鈴木氏がこう書いた。「婚前交渉を禁ずるがゆえにレイプが多発するのか」(注3)。そして、失礼な質問を続いた。私は、前に、モルモン教の禁止のことについて書いた。禁止について、次の質問をしたのは、「黒人差別が正当化されてきたモルモン教の歴史は今もまだ残るのか、汚れる血とは一体何のか、。。。誇りと自信に満ち溢れた宣教師の彼に聞いてみたかった。だけど、私は出かかった言葉を飲み込んだ」(注3)。

なぜこのイメージがあるのか。もちろん文化の相違かもしれない。まず。その相違がちゃんと分かっても、むずかしいだろう。でも、モルモン宣教師は、アメリカを出る前に、日本の文化、特に宗教の文化につてあまり学ばないはずだ。そして、日本語をちゃんと勉強しないので、伝えることはむずかしいだろう。それとともに、東京の地下鉄のサリン攻撃後でのことをまだ覚えている日本人が多い。そして日本人は、宗教のことについて、アメリカ人と比べてあまり話さないと思う。だからこそ、日本にいるモルモン宣教師の生活は、たしかにつらいと言える。

注1:”LDS Church Website” http://www.ldschurch.jp/index.php 2008年21日4月確認

注2:”Japanese Saints: Mormons in the Land of the Rising Sun,” John P. Hoffman.  2007年出版 Lexington Books出版社

注3:「宣教師がやって来た!」朝日新聞  鈴木麻理子http://mytown.asahi.com/usa/news.php?k_id=49000249999990475 2008年21日4月確認

1:
小羊の部屋「http://kohituzi.at.webry.info/200707/article_26.html」というブログで書いたのは、 キリスト教の異端のことです。歴史的な 異端や、アメリカにも、日本にも 異端について書きました。

これは、私のコメント:
はじめまして。日本に留学したアメリカ人の大学生です。ラスベガスで育ったので、私の友達は、ほとんどモルモン教信者でありました。(私は、モルモン教信者じゃないのに、同情できます。)でも、最近、ミットロムニーという政治家のせいで、モルモン教のイメージは、ますますよくなってきたそうです。将来に、モルモン教は、プロテスタントみたいな運動になることできると思います。でも、その運動は、アメリカのほどぐらいと思います。やはり、「異端」という考えは、むずかしいですね。

2:
SpeedServe「http:// speedserve.cocolog-nifty.com/mobileoffice/2007/05/post_ceaa.html」というブログは、モルモン宣教師の話があるます。宣教師たちが、仏教のことが知らないと、ブログの作家は、とてもびっくりしました。やはり、国の宗教や、文化が知らないと、宣教師にならないと思います。

これも、のせられなかったんですが、私のコメント:

はじめまして。日本に留学したアメリカ人の大学生です。ラスベガスで育ったので、私の友達は、ほとんどモルモン教信者でありました。(私は、モルモン教信者じゃないのに、同情できます。)宣教師たちは、宣教に行く前に、あまり他の国の文化や、宗教を学ばないはずです。ちょっとだけ外国語を勉強ので、多分、行くと、大変ですね。でも、異文化交流ができて、本当によかったですね。


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ドラエモンが好きホストファミリーと私

日本のホストファミリーと一緒に住み始めるの時に、ドラエモンの映画を見に行った。その前に、ドラエモンのことについて、全然知らなかったので、ちょっと心配していた。話が分かるかどうか知らなかったからだ。。

日本の映画館は、アメリカのと比べて、ちょっと違う。まず、売れる食べ物や飲み物は、違うからだ。ビールを飲めるし、アメリカにある映画館の食べ物(ホットドッグ、ポップコーン、ナチョーズ等)が全然なかった。

そして、映画館は、とてもひろかって、ちょっとびっくりしてしまった。いつでも、アメリカの所や、物の方がひろいということをよく聞いた。だから、もっと小さい映画館を予期していた。

この映画を見に行った人々は、やはり、子供たちがたくさんいった。前に、聞いたことがないのせいで、話が75パーセントぐらい分かった。でも、映画であった会話がよくわっかたので、本当にうれしかった。

でも、映画館にいった子供たちが、私をちょっと侮辱してしまった。ホストファミリ=が気づいたので、状態は、ちょっとつらかった。では、ホスト妹さんが「こちらは、私のお姉さんだよ!日本語が上手だよ!」と言ってくれた。五歳の女の子だからこそ、それは、本当に面白いと思った。ホストお母さんとお父さんも笑った。その子供たちのことばが、私の気分をきずしなかったが、ホストファミリーが気づいたので、無視するのは、無理だった。

そのあとで、よくやったことは、ホスト妹さんと一緒にテリビにあったドラエモンを見た。もっと詳しく説明してくれたし、話は、面白いと思うようになった。だから、今でも、ドラエモンというのを聞くと、見ると、ホスト妹さんのことを思い出す。

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2008年4月19日土曜日

大人がマンガを読むのはおかしいですか


「別にいい」
「格好(かっこう)が悪い」
「電車の中でみんな読んでるよ」
「いいけど、大人の男性が少女(しょうじょ)マンガを読むのは変」
ウェブ上にはこのような様々な意見があるようです。

また、アメリカの大人はマンガを読むのでしょうか。

クラスのみんなの意見を読んでみましょう。

<ペットボトル>
私は大人がマンガを読むのは一般的に大丈夫と思う。どうしてマンガを読むのはオタクらしいか分からないが、アメリカでも日本でも夜に放送している大人のアニメもあるから、もうこんな活動は子供っぽくないと思う。やはり、米国のマンガはもっと成熟しているゆえに、マンガのことは学会でも話している。たとえば、『マウス』というマンガはホロコーストのことを議論するとして大学の授業で話すことも出来る。

やっぱり日本と違って、アメリカではあまり漫画を読む大人はない。オタク的だからと分からないが、うちの母親に聞くと「ページはもうばらばらになっているし、子どもっぽいじゃないか」と返事する。彼女はべつに新聞の日曜日コミックスしか読まない。父親もあまりマンガを読むことをしない。そして、31歳の兄は日本にいた時、ドラゴンボール、筋肉マンなどを読んだが、また読んでくると懐かしい気分しか浮かばない。それ以外にあまり興味はない。

<レモンチューハイ>
多くの人が毎日仕事に通勤する日本では、大人がマンガを読むのはおかしくないと思う。なぜなら、日本でマンガは子供向けだけではなく、大人向けのもっと暗いマンガや現在のニュースに関するマンガもある上に、電車の中で、何かを読む以外、寝るか他の乗客をじろじろ見るしかないからだ。それにマンガからニュース、歴史、科学などが習える。アメリカでマンガを読む大人は変と思われている。それは昔からマンガがアメリカの子供だけのための「コミック」と一緒にされているからだ。しかしアメリカで大人向けのマンガとコミックが増えるにつれて、アメリカ人の考え方が変わると思う。

<スイ>
大人がマンガを読むのは変でおかしいと言う人は、多分マンガをあまり知らない人だ。この意見にはマンガは大人ではなく、子供用だという思考が含まれていると思う。第一、マンガは子供用ということがまちがっている。日本にたくさんあるマンガ雑誌はどうして青年、少年、少女、女性、それから学年別にまで分かれていると思うのだろう。

アメリカではマンガをcomic bookではなく、visual novel、つまり視覚的小説と呼ぶ人もいるくらい、あんがいマンガは細かく、深く描かれている事が多い。幼いころ、何も考えず見たアニメやマンガを大きくなってもう一度見たとき、「こんな奥が深いものを、一体どう見ていたんだ?!理解もできずよく面白がったな」と思う事がよくあった。それぐらいアニメやマンガには大人になってこそ本当に楽しめる要素というものがある。なので、大人が読むのはおかしいという意見はおかしいと思う。

<象>
人と状態によって違うので、大人がマンガを読むのはおかしいかどうかよく分からない。アメリカで、子供の読む能力があまりないので、コミックスと絵がある本ならできる。でも、大人になると、絵がなくても、書いたものが分かるはずだからいらない。いらないからこそ、アメリカ人にとって、そんな絵がある物は読まない。

だけど、最近、日本から来たマンガが人気になってきた。まず、子供らしいマンガだったのに、もっと大人らしい話があるマンガもなんとなくやってきた。子供のころマンガを読んだ大人が、この大人らしいマンガを読みはじめたと思う。だから、なれてくるだけのことだと思う。将来の大人にとって、マンガを読むのはおかしくないが、今の大人はやはりなれてこなかったので、そんな人にとって読むのはちょっと変だろう。

<ドラえもん>
大人がマンガを読むのはおかしいのかおかしくないのかは判断している人による。年上の大人は多分変だと思われる。マンガはもっと若者むけだと思われていて、僕は小さいころ母によく「マンガばっかり読んでないで、本を読んでみなさい」と注意された。

しかし、マンガが好きな僕は大人もマンガを読んでもおかしくないと思う。でも、どんなマンガでもいいのではなく、ちゃんと大人むけのマンガじゃないと変だと思う。今、僕が読んでいるマンガは中高生の時に読み始めて、いまだに続いているマンガだから少し単純だ。こんなマンガを読んでいる大人を見たらちょっとおかしいと思う。

大人むけのマンガはいちおう発売していて売れている。昔はなかったかもしれないから、年よりが読んでいたらちょとおかしいと思う。でも、マンガは日本人の間でとても人気があるからマンガを読んでいる大人はそんなにめずらしくないと思う。



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2008年4月15日火曜日

日本語が出来てよかった



私は幼いころ日本に住んでいた。その間、普通の日本の保育園、そして国立小学校に通いながら自然と日本語は身についていった。小学校も低学年までしか通ってなかったので語彙は豊富ではないし、母国の韓国に戻ってから日本語を使う機会が減って、発音もだいぶ訛ってしまった。でも日本語を忘れるなんて思いもできないことだったので下手になりつつなんとか保ってきた。

のち、英語も出来るようになりながら「英語と韓国語はもちろん日本語まで出来るなんて本当にうらやましいね」のような事をこれまで何度も聞いてきた。けれども当時の私には、字幕や略なしでドラマ、マンガなどを見れること以外では日本語を出来ることのメリットや特権を感じることはなかった。体で自然と覚えてしまったこの言語は、私にとって当たり前なものだったのだ。でもこんな思考をひっくり返し、日本語をできることの実用性を体から感じた出来事が去年の春に起こった。

私が秋学期に受講していた国際関係学のクラスの全体に、日本語か韓国語を話せる生徒をあるプログラムのボランティアとして求めるという内容のメールが来たのだ。初めはどういう行事なのかもよく分からないまま、「おお、私って適度じゃん?!」という軽い気持ちで参加することになった。これは毎春GWUのElliott Schoolで開催するもので、招待された米日韓三国の国会議員達が国際問題なのについてカジュアルに討論するという行事だった。

私たち生徒がする仕事はほとんど事務的なことだったけど、行事当日に有名な政治家たちの意見や会話を目の前で観察したり、同じ場所で食事を出来たりとても楽しかった。そして何より、食事中に一緒に会話をしていたある日本からの参加者の方の「あなたの様な学生が将来、日本と韓国の二国の間に立ってくれるのでしょう」という言葉にとても打たれた。そしてその瞬間、「ああ日本語が出来て、この大学に来れて、いまやっている勉強をできて本当によかった。なにかひとつでも抜けていたら、この行事でこれぐらいの面白さと興奮を感じることは出来なっただろうな…」と心から思った。

今年もこの行事の準備が始まり忙しくなってきた。そして一年間受講してきたこのクラスもそろそろ終わりに近い。去年に比べたら私の日本語も上達しただろうと思いつつ、今回も楽しめたらいいと思う。

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2008年4月14日月曜日

韓国でのドラえもん人気


先週、クラスで横山泰行さんという大学の先生が書いた『ドラえもん学』の一部を読みながら、中国、タイ、ヨーロッパ(イタリアやスペイン)でなぜ『ドラえもん』が人気があるのかについて話しました。韓国の話はする時間がありませんでしたが、『ドラえもん学』の横山さんによると、他のアジア各国とちがい、韓国で『ドラえもん』が受け入れられなかったのは、国策(こくさく national policy)とキリスト教信者(キリストきょうしんじゃ Christian)が多いと言う宗教的(しゅうきょうてき)な背景(はいけい background)があるのではということでした。(横山さんは、キリスト教徒の多い国では、ドラえもんがのび太をすぐに助けてしまい、のび太の自立心が育たないというのが理由で、『ドラえもん』の人気がそれほど高くならないのだと解説(かいせつ to explain)しています。)

ところが、今、韓国では『ドラえもん』の人気はものすごいんだそうです。右のサイドバーにある『日本語121/122 過去受講生』の欄にあるドンフンさんからの最新韓国『ドラえもん』事情です。(かっこ内の言葉は私の補足です)

はじめに(ドラえもんが)韓国に持って入ったのは2000年初頭でしたけど、その時はTV地上波放送が中心になっておりまして、アニメを含んだ子供向けのコンテンツは、おもに午後5時から7時まで編成されていました。でも、ドラえもんはその時間帯に入れず、午後4時頃放送されたと言われました。結果的に、2002年の(サッカーの)world-cupという特殊な状況を踏まえ与件が悪く失敗したらしいです。しかし、(DAEWON MEDIA社が)ケーブルと衛星放送の事業を始めて以来、直接放送の時間編成をコントロールしながら事業を展開している今のところ、視聴率1位をはじめ、韓国では一番人気がある作品になって(います)。


ドンフンさん、情報ありがとうございました。

みなさんは、『ドラえもん』の何が一番魅力的(みりょくてき)ですか。私はアッとおどろく小道具(こどうぐ properties)だと思います。

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2008年4月8日火曜日

外国人を日本に定住させる方法

少子高齢化により、現在日本は外国人を受け取らざるを得ないようだ。しかし、その外国人をちゃんと日本の社会を参加するために、日本が変わるのもやむを得ない。

まず、外国人のためのちゃんとした日本語の授業は必要だ。周りの人と会話できない人はいい社会人にならるわけがない。それに、外国人の子供のため、国際交流を優先する国際学校を開くべきだと思う。この小学校と中学学校はいじめを許さなくて、日本人と外国人一緒に教える。

注意サインや紙は色々の外国語にするべきだと思う。その上日本に着いたばかり、日本語が全然できない外国人のため、政府や病院や空港で英語、ポルト語などを話せる人が必要だ。

最後に、外国人を日本に引くために、帰化人になったが安くて、簡単に進学できるようにする、それにその人達が年金をもらえるようにするべきだと思う。

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日本のブラジル人大作戦

  「Foreignors, if conspicuous, hard to fit in」という記事によると日本に来るブラジル人は上手く日本人の生活に入り込めないことが書いてあった。しかし日本はブラジル人のような外国人が移住しないと経済的に困る。僕が市役所で働いていれば国際プログラムを学校に加え、毎年増やそうとする。そうすれば徐々に移住した人達の子供が日本語が上手くなり、その次に世代もその次ももっと日本語が上手くなるでしょう。今、外国は学校へ通わなくてもいいけれど日本に住む予定の外国人は通わないといけない法律を使った方がいい。

  大人がいけるプログラムも作る。このプログラムも作る。このプログラムは日本語を教えるだけではなく、日本人ともっと良くなじみ合う方法(例:礼儀)、アクセントの直し方など色々入ったプログラムだ。日本は外国人を投資して経済を回復をし様としているんだったらこういうプログラムも投資しないと日本人、外国人関係の問題は必ず発生する。

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2008年4月7日月曜日

ブラジル人の問題:同化の解決法

   ブラジル人の問題はとても難しいが、各自の市役所はもっとよく過渡期が簡単に出来るだと思う。第1は社会にすむ問題。日本人はブラジル人が嫌だと思わないように、詳細に説明しているパンフレットをポルトガル語に詳しく日本の市の近所の規則を述べたらいいだろう。たとえば、燃える・燃えないゴミをよく外国人に教えたら、もっと仲良く隣人と暮らせる。第2は日本語をしゃべられる能力。市役所は大規模な日本語教育制度を設けたら、もちろんブラジル人はもっとよく同化が出来る。このプログラムは明らかに無料にしなければいけないので、都市の税金資金を使う必要があっても、ブラジル人はよく日本語を話せるように教育があった方がいい。第3は雇用。ブラジル人を日本語教育を卒業したあとで経済や社会的な地位向上に傾向出来る可能性があるためにブラジル人の口入れ屋があったら、彼らがもっと良い雇用を探せる。このように市役所を外国人を抱擁したら、もっと良い日伯関係が形状出来る。

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2008年4月5日土曜日

『日本にいる外国人』についての発表#2
外国人タレント ケント・デリカット(ペットボトルさん)
元横綱 曙太郎(ドラえもんさん)

木曜日の発表に対するコメントと質問の続きです。

どうして、あのYoutueの人(ペットボトルさんが発表の時に見せたYoutube)は、ケント・デリカットはloser gaijinだと言っているのでしょうね。私の意見では、ケント・デリカットはケント・ギルバートに続いて、1980年代前半、流暢 (りゅうちょう)な日本語でお茶の間に登場した、歌手ではない外国人タレントの草分(くさわ)け的な存在(そんざい)だと思っています。チャック・ウィルソンやダニエル・カール、デーブ・スペクターがその後出てきました。今では、パトリック・ハーランやセイン・カミュ、塩コショーの二人(下のYoutube参照)など、見かけはまったく日本人でない外国人タレントがたくさんいて、ケント・デリカットはそういう人たちに、日本語が達者(たっしゃ)であれば日本で活躍(かつやく)できるということを示した外国人タレントの元祖(がんそ)でしょう。
ケント・デリカットは最近あまり見かけませんが、ダニエル・カールやデーブ・スペクターはよくテレビで見ます。すっかり日本人に溶(と)け込(こ)んでしまっていて、「アメリカ人」として見ていない自分に気づきます。でも、普通のアメリカ人が日本のテレビで日本語をぺらぺら話している「外国人タレント」はどういった目で見るのですか。


曙という名前を久しぶりに聞きました。と同時に、K1やプロレスをよく知らないので、相撲ブームだった1990年代に横綱(よこづな)まで登りつめた曙が、どうして格闘家(かくとうか)になんてなったのかという疑問が湧きました。お金をもうけるためでしょうか。そうなら、なんだかがっかりします。

横綱になるには並大抵(なみたいてい)の努力(どりょく)ではなれないでしょう。厳(きび)しい修行(しゅぎょう)に耐(た)え、何年も下積(したづ)み生活をして、帰化(きか)までしてやっと横綱になった力士が、ドラえもんさんが言うように「ぼこぼこにされていつも負ける」格闘家になんてどうしてなりたいと思うんでしょう。長野(ながの)オリンピック開会式に出た曙(上のYoutube)とドラえもんさんが発表の時に見せた格闘家としての曙のギャップはあまりにも大きいと感じます。引退後(いんたいご)のニュースでは、後輩指導(こうはいしどう)をしていると言われていたので、現在もそうなのかと思っていました。クラスでちょっと話しましたが、自分の相撲部屋を作って、弟子(でし)を育(そだ)てていくためには、年寄名跡(としよりみょうせき)という資格(しかく)と莫大(ばくだい)な資金(しきん)が必要だと言われています。ドラえもんさんがファンだったという貴乃花(曙と同じころに活躍)は今、年寄名跡を持って、親方となっています。親方と格闘家。この違いは何なのか。角界(かっかい)は曙などの引退力士(いんたいりきし)をもっと活用できないのでしょうか。外国で入門弟子(にゅうもんでし)のリクルートを担当(たんとう)するとかです。引退後の人生が、格闘家か他のスポーツ選手になる、あるいはちゃんこ鍋(なべ)レストランを経営(けいえい)する、それだけではあまりにも選択肢(せんたくし)が少ないような気がしませんか。

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外国人の問題:どうすればいいのか

まず、普通の日本人は、外国人が好きではないという文句がよく聞かれている。だから、日本の生活になれるために、市役所が、文化や、日本語のクラス等作るべきだと思う。そして、外国人として、色々なむずかしさ書類が必要なので、もうちょっと詳しく、外国語で、説明すればいいのだろう。ちゃんと日本のルールーとか、法律についてクラスに入れば、役に立つ。そして、就職活動や、住まいや、色々な必要な物を外国人に手伝うと、その人々が日本に暖かい歓迎を受けられる。それから、もっとやさしく健康保険もらうために、法律を変わるべきだと思う。つまり、日本の普通の生活ができるために、市役所が手伝うこともできる。

日本人は、もっと外国人(特にブラジル人)のこと(文化、生活、歴史等)が分かるように、ブラジル人の祭りや、エベントを市役所の提供で作れる。すると、日本人が、日本に来たブラジル人のことに、もっと同情できる。同情すれば、一緒に住むのは、もっとやさしくなって、「外国人がきらい日本」というイメージが捨てられる。

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