2008年4月15日火曜日

日本語が出来てよかった



私は幼いころ日本に住んでいた。その間、普通の日本の保育園、そして国立小学校に通いながら自然と日本語は身についていった。小学校も低学年までしか通ってなかったので語彙は豊富ではないし、母国の韓国に戻ってから日本語を使う機会が減って、発音もだいぶ訛ってしまった。でも日本語を忘れるなんて思いもできないことだったので下手になりつつなんとか保ってきた。

のち、英語も出来るようになりながら「英語と韓国語はもちろん日本語まで出来るなんて本当にうらやましいね」のような事をこれまで何度も聞いてきた。けれども当時の私には、字幕や略なしでドラマ、マンガなどを見れること以外では日本語を出来ることのメリットや特権を感じることはなかった。体で自然と覚えてしまったこの言語は、私にとって当たり前なものだったのだ。でもこんな思考をひっくり返し、日本語をできることの実用性を体から感じた出来事が去年の春に起こった。

私が秋学期に受講していた国際関係学のクラスの全体に、日本語か韓国語を話せる生徒をあるプログラムのボランティアとして求めるという内容のメールが来たのだ。初めはどういう行事なのかもよく分からないまま、「おお、私って適度じゃん?!」という軽い気持ちで参加することになった。これは毎春GWUのElliott Schoolで開催するもので、招待された米日韓三国の国会議員達が国際問題なのについてカジュアルに討論するという行事だった。

私たち生徒がする仕事はほとんど事務的なことだったけど、行事当日に有名な政治家たちの意見や会話を目の前で観察したり、同じ場所で食事を出来たりとても楽しかった。そして何より、食事中に一緒に会話をしていたある日本からの参加者の方の「あなたの様な学生が将来、日本と韓国の二国の間に立ってくれるのでしょう」という言葉にとても打たれた。そしてその瞬間、「ああ日本語が出来て、この大学に来れて、いまやっている勉強をできて本当によかった。なにかひとつでも抜けていたら、この行事でこれぐらいの面白さと興奮を感じることは出来なっただろうな…」と心から思った。

今年もこの行事の準備が始まり忙しくなってきた。そして一年間受講してきたこのクラスもそろそろ終わりに近い。去年に比べたら私の日本語も上達しただろうと思いつつ、今回も楽しめたらいいと思う。

1 件のコメント:

たこ焼き さんのコメント...

なんだか感動する話でした。そういう体験っていいですね。うわべだけではない、自分の奥深くにずしりと響く体験だと思います。英語を話せて、スイさんのような体験はしたかなあ。

写真に、過去にこのクラスを受講した人たちが写ってますね。