
英語を母国語としない話者にとって、俗語を操るのは至難の業です。最近、darn tootinという俗語を教えてもらいました。でも、私がこの言葉を実際に使いこなせるかどうかは疑問です。
ところが、英語を話し始めて、人とコミュニケーションができると分かると、つい、いい気になって使いたくなってしまうものです(私だけでしょうか)。特に、その言葉を母国語とする友だちから特訓を受けた時など、早く使いたくてウズウズするでしょう。でも、それは危険です。その友だちはあなたをからかっているだけかもしれないし、どういう場面で使うことを許されている言葉かなどの情報を教えてくれていない可能性があるからです。
アメリカに来てすぐの時、友だちのHとWは私に様々な俗語を教えてくれました。その中のひとつが「lip smacking good」というフレーズでした。deliciousやtastyより、強く「おいしかった」という気持ちを伝える言葉だと説明を受けていました。
そのフレーズをある晩、マンハッタンのリトルイタリーにあるお洒落なイタリアンレストランで、実際に使い、とても恥ずかしい思いをしました。そして、必死に笑いをこらえるHとWを見て初めて、だまされたと気づいたのです。
今から考えると、俗語の使用には、使い分けができる英語力が付いてから使うべきでした。また、間違って使うと「品がない」「学がない」または「失礼な人間だ」と思われたりするかもしれません。みなさんにも英語の上達を望む日本人の友だちがいますね。決してウソを教えてはいけませんよ。そして、日本語の上達に日々励むみなさん、日本人の友だちに日本語の俗語を教えてもらうときは、まず、疑いましょう!そして、それを実際使う前に、必ず辞書で確かめることです。
2008年10月11日土曜日
「darn tootin」は使えるようになるか
Posted by
たこ焼き
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17:35
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6 件のコメント:
私は2007年に滋賀県の滋賀学園を通学したごろに、全員が滋賀弁で話していました。アメリカで東京弁しか習ってもらわなかったから、「じゃ、皆さんのしゃべる方をこれから習おう」と決めました。
当時、始まりになかなか滋賀弁でしゃべることは大変だったと言ってもいいほどと思いますが、次第に、私は滋賀弁を使い続いたまま、やっと自然的に滋賀弁の表現と俗語を操ることが出来るようになってきました。
もし本当に滋賀弁を習うことに努力を入れなかったら、私は受け入れられたほど、恐らく学校の一員として速く受け入れられなかっただろう。
samさん、
確かに「方言」には外部者が使うと親しみを感じるといういい点がありますね。ですが、日本では親しみを感じてもらった方言も、アメリカへ帰ってきてから、特に親しくない日本人にいきなり使うと、それは失礼になることもあります。例えば、「〜さんはいらっしゃいますか」をいきなり「〜さん、おるー?」と聞くのは問題です。
そうですね。やはり、アメリカに帰ってきてから、私はなるべく日本の会う大人に、関東弁で話してみることに沢山努力を置化なければならない気がします。本当に滋賀で住んでから、まだ会話中自然的に関西弁に滑りやすいと思います。
俗語などに関するポストだから、日本のイディオムも面白いと思います。例えば、趣味をよくあきらめる人は「三日坊主」ということです。仕事は大変になった時に、「石の上にも三年」と言われたのです。誰かがアドバイスに聞かない時に、「豚に真珠」と言われます。それは多分聖書のイディオムです。英語でも、「Pearls before swine」といわれます。
英語も面白いイディオムがあります。「Salad days」のままの意味はサラダの日ですが、意味は生活の特別嬉しい時代ということです。「Sow his wild oats」のままの意味はオートムギをまきますけど、意味は若い人の実験的ということです。誰かがよく大げさに言えば、「Take what he says with a grain of salt」するべきです。そのままの意味はその話に少し塩を入れてということです。意味は懐疑的になる方がいいです。
このブログを読んだ後、高校のときフランス語を習っていたときの思い出は頭に浮かんだ。日本語と英語のイデオムは面白いフレイズを知ってたが、フランス語の表現を習ったとき本当にウレシかった。”Chuette" という言葉は英語の“cool"と似ている言葉を習って、使いたかった。でも、この言葉をフランス人と話していた間使って、この人は笑い始めた。“Chuette"は現在使っている言葉ではなく、この人の両親が使っていた言葉であることを習った。ですから、教室で外国語を習う時、習うことは現在使っている言葉である方しかめることは大切と思う。
生姜ないさん、
確かにそういったイディオムの背景には文化的ななことを理解しなくては意味が分からないものが多いですね。直訳ではさっぱり意味が分からないものになってしまいます。
あんぱんちゃん、
なるほど、ちょっと古めかしい言葉だったのですね。新聞の日本が理解できても、そういうフレーズを理解できるとは限りませんし、使いこなせるようにする機会もなかなかないですよね。唯一できるのは、辞書を引いて、意味を確かめて、そしてネーティブスピーカーに使い方が正しいかどうか確認してもらうことでしょうか。なんだかめんどうなプロセスですが。
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