2007年10月24日水曜日

給食の思い出

みんなに給食の思い出を書いてもらいました。

人気メニューのうばいあいや、列の最後まで食べ物がまわってこずに怒りだしたりと、楽しいはずの給食時間が戦場さながらのバトルになっていたという話に、頭に浮かんだ光景はこんな感じでしょうか。

列の前の方の人はにこやかに、後ろではいらいらがつのり「怒りの顔」が。中には担架(ストレッチャー)で運ばれる人も(拡大写真はクリックしてご覧ください。)。

レモンチューハイ「大学一年生の時、私はフロリダ大学のミールプランを買った。ミールプランの問題は三つあった。それは1300ドルで、一日食事を三回もらえた。しかし、私は早起きは苦手で、食堂は8時に閉まったので,毎日二度しか食べられなかった。その上、シリアルとクッキー以外、全部まずかった。最後に、食堂で働いた人はいつもおこりっぽかった。その理由で、私はその時から自分で料理をする。」

ゼーン庭「名古屋で留学した間毎日、南山大学の食堂で食べた。私の日本語はあまり上手じゃなかったけれど、すこし読めて、注文できた。しかし、私の友だちがメニューが分からなかった。だから、毎日毎日かつどんしか食べなかった。私は友だちはかつどんが好きだと思って、その友だちの誕生日に、かつどんを作ってあげた。おどろいたことに、友だちは私が作ったかつどんを食べられなかった。毎日かつどんを食べ、その結果はかつどんが大きらいになったといった。友だちにメニューを説明してあげて、友だちは食堂でかつどん以外にいろいろな料理を注文できた。」

eight amps「小学校の時に、毎日友だちと給食を食べた。私は給食が大きらいだったので、いつも友だちともっとおいしい食べものをこうかんした。例えば、ソフトドリンクはおそらくピザよりおいしいと思われていたから、ソフトドリンクをもらうためにピザと小さいキャンディーをあげることが必要だった。私はソフトドリンクやピザがぜんぜん好きじゃない子どもだったので、こうかんするのに有利だった。友だちがチョコレートとか三度とかスープとかをくれると、すぐにピザとかソフトドリンクをあげた。」

象「高校生だったころ、昼ごはんを食べるために、キャンパスを出てもよかった。しかし、高校生はだいたいクラスにあまり戻りたくなかったから、レストランでゆっくり食べた。クラスのちょっと前に学生が遅くなりたくなかったので、車で早くキャンパスに戻った。駐車場がせまいので、車がよくぶつかってしまった.ある日、車の事故があった。その事故はひどかったから、いくつかのニュースチャンネルで見えた。それ以降、町の学生は全然キャンパスを出てはいけないことになった。」

アンパンマン「僕は給食をほとんど食べたことがない。僕は幼いころから食べ物のアレルギーがある。牛肉、牛乳、ナッツなど食べれないものだらけの人生をすごしてきた。小学生の時は、毎日、母が作ってくれたおにぎりべんとうを食べた。運がいい日は、三食べんとうを作ってくれた。白いごはんの上に、おすで料理したツナ、エビとインゲンをのせたべんとうだ。中学生になったころ、父がアレルギーを治せる人を見つけた。ナッツ以外ずべて治ったから、中学生になってから色々食べれるようになった。」

DH「ある日、ジャケットが見あたらなくなった。先生に聞いたら、知らないと言った。三十分以上探してみても、どうしても見つからなくて、もう一回先生に聞いてみたら、給食車の中にあると言った。後で分かったが、僕がジャケットをどこにでもかまわずにおいて、あまりにもひどいので、それが先生の目にとまったからだった。又,ある時、ある子がほかの子とけんかしていて、一人が給食の食べ残りをそのやつになげた。でも、僕がうけてしまった。僕は頭にきて、その子をなぐるところだったが、その子が僕のむかしの友だちだということが分かったので、やめた。生まれてはじめて、がまんが出来た時じゃないかなと思う。」

ペットボトル「子供のときには、自分の昼ごはんを学校に持っていった。母は健康にいい食事を私のクッキーモンスターのべんとうぶくろに入れ、毎日同じ昼ごはんを食べた。私の学校では、あたたかい食事を安く売っていて、兄は毎日、ラーメン、カレー、うどんなど買って食べていた。りょうしんは小さい私はそんな大きさの給食は食べられないと思っていた。しかし、私は毎日ラーメンを食べるのはいいと思って、私のべんとうを食べてから、あにのラーメン、カレーなどを食べた。」

Japanther「中学校のとき、一番おいしい給食はやっぱりピザだった。会う日、僕のクラスを出ることが遅かったので、列の最後にいた。困っていた!列の終わりのところに順番がまわってきたとき、ピザがなくなったんだ!!!全部食べられてしまった!ぼくがおこったから、それに気がついた友だちがピザを一枚くれた。すごくおどろいた!」

水「私は日本で三年間、ふつうの日本人小学校に通っていた。ある日。なんと給食のメニューに納豆が出てきた。私を含めた納豆を食べられない組は、白飯と牛乳だけのお昼ごはんになってしまった。それ以後、タレ、生タマゴ、カラシ、ネギなどを一杯入れて食べ方を工夫してくれた母のおかげで、大の苦手だった納豆を好んで食べれるようになった。なのに、結局その年は納豆は給食に出てこず、私は日本での学校生活を終え、韓国に戻ることになり、とてもがっかりした記憶がある。」

バスター「高校生のとき、べんとうを作って、学校に行くことはすこし子供っぽいという気持ちがあった。お金持ちの人が多かったから、ご飯を買わない人はびんぼうだという気持ちがあったからかもしれない。しかし、金曜日はおいしいバッファローチキンラップという食べ物が買えるようになった。ランチの時間は45分しかなかった。並んでいた人がずっと待っても、何も食べられないことがあった。それで、戦争のような食堂になった。列の前に行くために学生が食堂に走るし、人をなぐるなどした。血が出るのを見たことはなかったが、あってもびっくりしないと思う。」

<追記>
各国で給食問題の内容が違うのがおもしろいです。

アメリカでは、ソフトドリンクの飲み過ぎはよくないということで、コカコーラ、ペプシ、それからシュウェップスの三社が学校食堂や校内の自動販売機から撤退しはじめることにしたらしいです(2006年春のNYTimesに載っていました)。

日本では、朝食抜きの「欠食児童」の増加や給食費滞納の実態がニュースになっていますよね。

イギリスの最新給食情報として、先日、こしょうさんから面白い記事を教えてもらいました。まずい給食をおいしくしようと有名なシェフに作らせたところ、あぶらっこいものやあまいキャンディーの味に慣れてしまった子供たちには高級な味は不評だったという話でした。

個人的に、イギリスは少しがんばりすぎなのではと思います。そんなに大きい変化を試みなくても、学校給食のメニューをインターネットにのせて、家庭でお父さんやお母さんに見てもらえるようにするだけでも十分効果はあるのではないでしょうか。実際、日本の東京の日野市はしているようです。まず家庭で食に対する姿勢を変えるのが一番大切だと思うのですが、みなさんはどう思いますか。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

学校給食を作った有名なイギリスのシェフとは、あのジェイミーオリバーですか?

私が子どもの頃、うちでは赤身の肉しか食べなかったのですが、幼稚園の給食で脂身たっぷりの肉が出ました。私は大感激して、母に「おかあさん、ようちえんのおにくはすごいんだよ!しろくてふわふわだよ!」と報告しました。私の味覚はイギリスの子ども並みだったのでしょうか。世の中には「お子さま舌」という言葉もあるようです...

たこ焼き さんのコメント...

すごい!今投稿したところなのに、もうコメントが。調子はいかがですか。

そう、ジェイミーオリバーだったと思います。「お子さま舌」かあ、なるほど。ありますね。