言語はコミュニケーションの唯一の手段だとよく言われている。外国語が身に付くならば、その国の人とのコミュニケーションがもっとうまく出来るはずだ。一体、どのぐらいのレベルの外国語が出来れば、人間にするのかとの関係が縮めるのだろうか?
ある友人は、外国語が大好きで、いくつもの外国語を勉強している。なぜ、外国語を勉強するのかと聞くと、外国人と交流したくて、外国の文化を知りたかったからだと言う。外国語を習得するには、かなりの努力が必要である。しかし、挨拶ぐらいのレベルが出来れば、外国人と挨拶しか出来なくても、相手を喜ばせて、相手との距離を縮めることが出来る。例えば、相手は自分国の言葉や文化を興味を持っていると知っている時に、相手は自分の民族のことを知りたいだと思われる場合もある。お互いの文化や事をまだ深く理解できなくても、印象が良くなる。二人の間の民族差はちょっと縮まる。私がずいぶん前に、あるアフリカの友達からアフリカのある言語の挨拶を教えてもらった。その挨拶は今でもまだ覚えていて、アフリカ出身の人と会った時に、「ササ」と言って、「フィツ」と答えてくれた。それによって、民族間の目に見えない壁を一瞬にして崩壊する。自然に日常会話は始まる。
外国語は日常会話ぐらいのレベルが出来るならば、その国の人との交流がもっと深く出来て、その国の人の考え方や価値観などももっと理解できるようになっていると言える。外国語が出来ないと、その国の文化は完全に理解できない。異文化を理解するためには人と人とのコミュ二ケーションが出来ないといけない。外国語と文化理解とは欠かせないのもだ。日本の文化と日本語を両方が理解できれば、「お世話になっています」、「この間ありがとうございます」や「お疲れ様でした」、「ご馳走様でした」などの相手を思いやる気持ち、感謝の気持ちを伝える表現は、日本文化と日本語の両方を理解して初めて言えるものであろう。
言葉が通じれば、そんなに説明しなくても、自然に交流が出来やすいから、人との関係も当然に縮める。ただ、外国の文化が理解できれば、外国語がうまく話せれば、その国の人との関係は縮めるというわけではない。日系人でH先生に外国語と人間関係についてインタービューをした。18歳から日本語を勉強し始めた先生の経験によると、外国人は日本語をうまく話せば話すほど、日本人に認めてもらえないらしい。もちろん、日本人全員は同じ考えがあるとは言えないが、これは日本は島国の単一民族だから、日本人の多くは日本語しか話せないので、日本語が達者な外国人に脅されていると考えるのであろう。そうすると、お互いの関係はもっと離れる場合もあろう。外国語の挨拶ぐらいの会話でも、外国語と言葉を通して、その国の文化と考え方を深く理解できるようになっていても、話し合うことは親密な異文化関係を築く際に重要だ。
2006年9月30日土曜日
外国語と人間関係: 外国語が出来たらその国の人との関係が縮まるのか?
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3 件のコメント:
日本には在日と呼ばれる人がいる。二世、三世になると、100%日本人(こんな言い方よくないけど)の日本語となんら変わりない日本語を話す。それでも人間関係はぎくしゃくしてる。あなたは、日本語上達のために、この授業を取ってるみたいだけど、上達すればするほど、そして上達してネイティブになってもまだ日本人とスムーズな人間関係を築けないかもしれないって分かってながら、それでも日本語を勉強したい?どうして?
緑茶さんが「言語はコミュニケーションの唯一の手段だとよく言われている」と書いたが、コミュニケーションを取るには他のとても大切な手段があると思う。例えば、外国人と会っても、自分の国の人と会っても、体の姿勢や顔の表情が第一印象に対して非常に重要なことである。笑顔から始まると人間関係はもっと簡単に作れると思う。
これを言っても緑茶さんが書いたとおり、外国に行って、その国の人と交流するためにその国の言葉が少しでも分かれば「民族間の目に見えない壁を一瞬にして崩壊する」だろう。
私と似ているトッピクについて書いてあったので、とても面白く読みました。確かに挨拶はコミュニケーションの基本ですが、挨拶だけでほんとにお互いの理解を深める事ができるのですか。誠実に人を分かるには、挨拶を超える話し合いが必要だと思います。
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