2007年11月2日金曜日

猫のピニーチャン


  13年ぐらい前に日本に住んでいた時にピニーチャンがやって来た。九月だったので、まだ寒くなかったけど、すぐ寒い天気が都市にどんどん集中するだったそうだ。或る日、突然にうるさいニャオの声を聞こえて始まった。私たちの近所にはたくさん野良猫があって、最初に注意を全然払わなかった。しかしながらすぐにその声は何の大きい猫から来ていると驚嘆して、外に出て直ちに家のヒータのファンの上に小さい子猫が座っていた。しっぽなし、ちびみたいな可愛い白とオレンジ猫からそのうるさい声が来たのは信じられなかった。



  家の父はおどけ者なので、採用した新しい子猫は「ピンヘッド」とあだ名させた。すぐ「ピニー」と縮めた。若いときにはいつもソファーのカヴァーの下にかぎづめを使って体を底にたどって早く引っ張ることをよくしていた。この変な行動を「新幹線」と命名した。常に私と丸くなって寝て、私は目覚めたら胸の上にうんと伸ばして目の前に毎日いた。ピニーチャンはいろんなあだ名があった:白い柔らかいおなかによって母は「フラッフィー」と指名して、兄は明らかな「脚下」と名づけて、父はおかしい「ピンバーガー」と指名された。
  その秋、私は7歳で小学校二年生に入ったばかりだった。今学期はピニーチャンの13歳ぐらいの誕生日なので、年を結構とっている。二週間前にニューヨーク州の家に帰って、ピニーチャンは少し足を引きずしていて、父は「やっぱり関節炎なのだ」と言った。でも前週に母と電話で話して、骨のがんを発展させてしまった。獣医はピニーは足に腫瘍があると言って、すぐ左の後ろの足を切断した。今はエリゼベスカラーと言う円すい形の首輪をしていて、もうその足がない。しかし、母と話したときにもちろんこの老齢の猫はなくなると思っていて、私はずいぶん悲しかった。だが、体にがんがなく、もう足がなかったら今のところに大丈夫になると見える。今年のクリスマスに一番大切な友だちと時間をかけることが出来る。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

昔、ルームメートがネコを飼っていました。真っ白で雪みたいだったので、名前はユキちゃんでした。もう今は飼い主がかわって、どこにいるのか分かりませんけれど、ピニーチャンの写真を見ると懐かしくなって、写真を探してしまいました。