「アイポッド」世代は35歳以下の世代を締めし、歳別に世代を象徴する単語として選ばれるほどアイポッドは社会現象になった。アイポッドのタイプも色々あり、今年の九月には最も新しい第五ジェネレーションが発売され人気を得ている。2001年の10月にデビューした時は音楽を聞く機械として注目を集めたが、五年経った今では、29個の違うモデルを開発し音楽を聞くだけでなく写真保存やビデオを見れる機能が加わり、画面も白黒からカラーになった。だがアイポッドに対する勿体無さを感じる人は居ないのだろうか。こう言う変化に応え、次々と新型アイポッドを買うのは勿体無いだけでなく無駄遣いだと考える。ここでアイポッドを持つだけで勿体無いと言うのが要点ではない事をはっきりさせるため、二つの全く違う例を挙げてみよう。アイポッドをすでに持っているが新型が欲しくて二つ目を買うのと音楽を身近に置くため一つ目を買うのとは意図が違い、前者の行動は勿体無いが後者は無駄遣いではないと考える。では、アイポッドをすでに持っているのに、新しいと言うだけで新型が発売されるたびにそれをを買うのはなぜ勿体無いのか。そして生産者と消費者の責任は何なのだろうか。
新商品は確かに旧商品と全く同じではないが、それだけでは新商品のこだわりが認められないと思う。それは単純にお金の無駄遣いと言う理由より限界便益と繋がっているもっと深い原因がある。限界便益とは、消費者が消費選択において、継続して販売される商品は同商品の旧型より有用性が減る現象を表す。例えば、お腹が空いて食べる一つ目のハンバーガーは二つ目のハンバーガーよりもっと消費者の満足感を満たすので有用性が高い。だが、次々のハンバーガーは有用性が低くなり、最初のハンバーガーと比べ、明らかに減少する。これはアイポッドを含むどの品にも共通する。同じ値段、あるいはもっと沢山のお金を出して前より少なめの有用性を得る事はまさに勿体無いと思う。音楽を身近にしたくて買う一つ目は受け入れられるが、新商品なので買う二つ目は必然でなく強欲だと考えられる。必要性と欲望の違いが新型アイポッドを購入するのが勿体無いかそうじゃないかを決める主要な判定基準だろう。
その上、新型を買い続ける消費者がいれば、その要求に応え、産出し続ける生産者もいる。人々が継続して新型のアイポッドを求める限り、アップル社は新型を生産し続けるため、消費者と生産者のどちらかが線を引くまで終わりなき「追いかけっこ」になる。初期のアイポッドの要領は5ギガバイトだったが、ことしの九月に発売が開始された第五ジェネレーションは80ギガバイトで、音楽だけでなくビデオも見れる。第一ジェネレーションが第5ジェネレーションに進歩して行く間にもアイポッドミニ、アイポッドシャッフル、アイポッドナノなど色んなデザインが生産された。アップル社は消費者がいる限り前より少し発達した新型を開発し、企業の利益を求め「追いかけっこ」を辞めようとしないので、消費者が買い続けるのを止めるしかない限り「追いかけっこ」は止まらないだろう。各ジェネレーションは少し発達しているが本線の目的は音楽を聞く事なので、アイポッドを持っているにも不抱新しいアイポッドを買うと、新しく購入した製品の有用性が旧商品のと比べ減り無駄遣いに係わる。昔とは違い科学伎術が急速な速度で進歩する今の世の中で極端な新商品好きは程がないと思う。アイポッドの前の音楽を聞く機械の発達は鈍かった。ウォークマンの開発、ウォークマンからCDプレーヤー、CDプレーヤーからフラッシュドライブのMP3に変化する期間は何十年もの時間がかかったのでウォークマンを持っている人がMP3を買うのは頷ける。だがたったの五年間で二十九個のモデルを発売しているアイポッドを一つ以上欲しがるのは無駄遣いだと考える。
アイポッドは魅力的なデザインと独特の丸いスクロールで現世代を引き付けたが一つ以上買う価値は有るのだろうか。答えは目的に依存する。例え特色が少し増えたとしても主な役割は音楽を聞く為なので二つ目を買うと限界便益の理論に従い勿体無い事になると思う。限界便益によると、新しくモデル化した商品から得られる満足感は同商品の旧型から得られるそれより少ない。もしアイポッドを持っているが新モデルや少し進歩した機能を望み新しく買う事になると、新しいアイポッドは例え機能がもっと優れているとしても低い満足感を返し有用性もまた低くなる。そうすると新商品を得るため払った値段の完全な価値を得る事ができない。さらに現代のハイペースな社会で科学技術はどんどん進歩していくので新商品を求めると切りがない。生産者は消費者がいる限り利益を求め修正し、それを消費者が果てしなく買い続ける事で生産者と消費者の「追いかけっこ」は止まらなくなる。ではこの「追いかけっこ」はどう終了させるのだろうか。アップル社はアイポッドを修正し続けより消費者を引き寄せようとするので消費者から拒絶するのが必要だと思う。同じ目的を持つアイポッドをただ新しいと言う理由だけで次々こだわって購入するのは勿体無いと考える。
2006年10月29日日曜日
一つ以上のアイポッドを購入するのは勿体無い
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5 件のコメント:
おもしろいですね。必要もなく大きな家をいくつも買いたがるお金持ちたちも、限界便益という現象を無視していることになりますね。
この世の中、皆が限界便益の法則に則って、モノを消費していると、どの生産者も経営・商売が成り立たないのでは?でも、あたなの言い分は分かります。
私は計画的旧式化とは反対だが、Narrleyさんはどうおもう?例えば、アイポッドはすべて両立ができると思う。と言うのは、一番最新型と一番古いものは両方がItunesソフトを使えると思う。アップル会社がアイポッドの計画的旧式化を実施すればもっと勿体無いと思うだろうか?
二番目の方の返事です。アップル社のような大きい企業は必要以上の利益のため新モデルを開発し続けるので商売が成り立たない事はないと思います。
三番目の方のコメントの返事です。画的旧式化と言うのは無理やり旧型にこだわる事を言うのですか。もしそうなら私も計画的旧式化に反対です。ただ新型が発売され、それを買わないのは画的旧式化だとは言えないと思います。
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