2005年11月23日水曜日

母語を通して外国語を勉強し始めることは、いつの方が役に立つことになるだろうか。外国語が教わることには、子供の若々しい脳がいつ入れたほうがいいかという討論がある。子供には、母語を良く話せて、読めて、書けることがずいぶん大切な熟練になる。だが、幼い頃には外国語を学べる能力が大人より高く、勉強を早く始めたほうがいいという結論がある。子供には興味があれば、外国語の選択肢もあるとしたら、人生にのぜひ役に立つ熟練になる筈だが、学ばせることになるとはいけない。子供に楽しい教え方などを使って、小学校に外国語を紹介してもよけれど、母語の使い方も教えるのが重要として教えることをちゃんと忘れず、最後に青年になるまでに紹介しても役に立つという。

伝統的には、中学校から外国語を勉強しはじめるのが普通であった。しかし、最近は、国際的な見方として、「早く学び始めると分かりやすくなる」という研究が良く広まってきたので、小学校の方に始まることにしたらどうなるかしらと思う。反対は、子供は本当に外国語を勉強したいか、あるいは勉強したいなら役に立つ熟練になるはずだけれど、したくないなら、学ぶように努力を全然せず、将来にはまだ何か覚えているはずはない。大体高校生はこのようで、何年間でも勉強しても、あまり努力をせずに勉強してきたら、十年後何も覚え残っているはずもない。

言語学者達は、子供には言葉を学ぶのが簡単だという理論をやさしく信じたほうがいいかという質問があまり聞かれていない。多分、言語学者が言うとおりに、子供は結構言語を簡単に学べるとしたら、聞くだけで習わないはずである。母語を習うことが、うわべは聞いているばかりで言葉を簡単に完全になれることになる。しかし、早くぺらぺらになれる理由は必要だということではないか。学校だけで母語以外の言語を学んだら、能力は努力ではない。

中学校には自分に興味がある言葉を選べるとすると、子供が努力して、結構青年になるちょうど前ならまだとても上手になる可能性はまだあるはずである。小学校は母語の教育を大切にすれば、また中学校では外国語の教育も大切にできる。最初は母語でよく書け、読めてはできたら、外国語でもそういう熟練がもっとわかりやすくなり、多分小学校のときよりのうが用意されたので、学べる能力はまた高いだろう。そういうふうに外国語を教えるべきだと思います。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

自国語で、しっかりした考え方が出来ることがまず必要だという意見に基本的には、賛成します。でも、しっかりした意見を持っていても、外国語で話せないばかりに、そういう人には、意見を言うチャンスがなくて、結局、ただ英語を話せる人が日本人の代表として話しているのを見ると、がっかりします。アメリカ人には、こういう気持ちは分からないでしょうか。

匿名 さんのコメント...

英語が話せるだけでは結局、薄っぺらい言葉の表現しかできないと思います。その人のバックボーンとなるのは、確りとした自国語が身についているかどうかでしょう。