2007年11月5日月曜日

ゴミ箱がなくなったら、倹しく住める!

この世からゴミ箱がなくなったら、無秩序の結果として起こる。

...と言えば、もうゴミ箱がなかったら、「ゴミ」の概念もなくなると指し示す。もうゴミの業界がなくなったら、町のゴミ収集をなくなって、道のごみ収集もなくなって、個々のゴミ箱も消えることになる。使い捨てに出来るもの考えを制限されると思う。ヨーグルトのプラスチックのカップもコンタクトもおむつも剃刀を捨てられることが出来なくたら、どうやって対処するだろう?


昔々にはあまりゴミがなかったかもしれない。確かに簡単に捨てられることがなかったから、ただ食べ物の食べない部分(野菜や果物の皮、肉に入っている骨など)と排泄物しか捨てなかった。いつも衣料品を再生することをしたかもしれないし、まだプラスチックの使い捨て品を発明しなかった。それにもかかわらず、この時代は捨て物の時代なので、もうゴミ箱の観念がなくなったら、用意をした方がいい。

もうゴミ箱がなかったら、私は食べ物のゴミを作るのを減らすことを狙って、自分のもうリサイクルした袋を使って野菜や果物を買うことをすると思う。その上にいつも自分の食事を作ることをして、ガラスやプラスチックの容器を使って材料や残り物を蓄えることをする。食べなかった残り物を堆肥にして、自分の農産物が生えることにする。ティッシューペーパー、ペーパータオルなどを使わないで、その代わりにハンカチや手ぬぐいをつかって綺麗にする。反故だったら、たくさん集まって自分の新しい紙を作るとする。壊れているものも新しい効用を考えてする。たとえば、ガラスのコップが割れたら、ガラスの破片を使って綺麗なモザイクをテーブルの上に付着する。紙のゴムが裂いたら、鉛筆、ペンやらゴムを使って結われる。プラスチックの包む物だったら、たいていその食品や買い物を避けると思う。

もうこの世界からゴミがなくなったら、私はほとんど大丈夫に住まれると信じる。

1 件のコメント:

たこ焼き さんのコメント...

私はリサイクルのためにプラスティックの容器を洗わなくてはならないことが面倒だとは、今ではもう思わなくなりました。ただ、リサイクルできるのは、bottleかjarで、それもneckがあるものでないとだめなんです。ヨーグルトのカップも、フルーツが入っている容器もだめなんですよ。なんとかならないんでしょうか。