
この夏、用事でペンタゴン(国防省)のそばを通ることが度々あった。レーガンナショナル空港がすぐ近くにあり、その辺りを飛ぶ飛行機は既に着陸間近なので、かなり近くに感じる。そんな飛行機を眺めながらいつも思うのは6年前、アパートの屋上から見た光景だった。
当時、私の住んでいたアパートから約1キロ(0.6マイル)先、インターステートをはさんだ向こうにペンタゴンがあった。観光で四回訪れたことがあるその建物の西側に、機体の前半分が突き刺さった光景を、アパートの屋上から見た時、同じ空間で起っている出来事とは思えなかった。
9/11の後、前から少しずつしていた家探しに拍車をかけて、三ヶ月後、ペンタゴンから西へ約22キロ(14マイル)の所に引っ越した。しかし、今でも空を見上げて飛行機を見つけると、あの光景を昨日のことのように思い出す。
あの日は、朝9時半から001の授業がありました。教室では数人の学生がテレビを見てました。中には、Why? Why?と言いながら泣いている学生もいました。アパートの最寄りの駅がペンタゴン駅の次で、封鎖されていたから、結局アパートにどうやって帰ったんだっけ、、、。よく覚えていません。みなさんはあの日、どう過ごしましたか。
2007年9月13日木曜日
9/11
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4 件のコメント:
当時アメリカにいなかった私は、夜テレビを見ていました。多分ドラマの途中に入ったその緊急ニュースに、すごくボーっとしていました。そして何度も繰り返して見せてくれたニュース映像を夜遅くまで見た気がします。
*水さん、あんな光景は見ない方が良かったと後から後悔しています。「脳裏に焼きつく」というのはこういうことなんだと実感しました。
その日に、高校の中で私とお姉ちゃんはニュースを聞きたかったけれど、学校は「気にしないでください」と言いました。学校の後で、やっとテレビを見られましたけれど、おばちゃんについて、とても心配してきました。あの時に、ペンタゴンで働いていました。でも、仕事場は、ビルの中で、反対でした。ついらくした所で、会う事があるはずだったけれど、幸いに、午前7時に、キャンシアルになりました。
*象さんのおばさんのように、たまたま事故の現場に行かなくなって助かった人もいれば、その反対に、いつもなら行かないのに、たまたまその日現場に行って亡くなった人もいるでしょう。
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