2005年12月1日木曜日

外語教育は いつから

外国語教育に対する論議がどんどん熱している。交通施設やネットのような技術の発達は、世界を一日生活圏内に狭めてしまって、そういう環境上の活動を繋ぐ言語能力は、構成員と言われる個々人の武器として 必要な素養のように成っている現実のせいだ。その結果、英語を中心に外国語教育を始める時期とか効率的な教育方法に対する研究などは、子供がいる親たちと教育にかかわる人たちの間で、多く論議される主題になった。私が育ってきた韓国もまた状況は同じに違いない。つまり、昔から続いている学門重視文化に国際商業上の現実な必要性が足され、英語を始めとして中国語や日本語などの外国語教育に関する文化的な機運も色々な所で感知されている。効果的な外国語教育のために、子女、奥さんを米国などに送って、自分は学費と生活費を補助するため韓国で頑張って働き、何年間も離れて生活する「ギロギアパ(雁父)」現状は、そのいい例だ。

では、あなたは、いつが外国語教育を始めるべき時だと考えているだろうか。説得力を得ている論議として、先に母語語の習得を通じて言語的、論理的な思考力を培養した後で、外国語学習を始めても十分だと言う意見と、言語的な発達が顕著になる幼児期から学ぶ方が効果的だという意見がある。前者の裏づけとして、早過ぎる外国語教育は、ともすると子供たちにストレスを与えて外国語に対する興味を減少させて、アイデンティティの混乱を引き起こし、これによる全般的な言語発達を阻害するかも知れないという指摘がある。その反対に、後者を支持する人々は、言語習得には適切な時期があり、その時には言語を易しく自然に受け入れるが、一定時期を過ぎると、言語的な柔軟性が落ちて、外国語の教育が効果的ではなくなるという側面を強調している。年をとって米国の大学に再入学した私自身も、外国語の難しさを直接感じている。時間が過ぎても慣れていない発音を聞き分けることはやはり難しいし、二十歳前後の学生たちと外国語学習能力を比べても顕著に劣ることを感じたりすることが多い。

それでは、外国語教育はいつから始めるのが適切だろうか。前者が持つ説得力ある主張にもかかわらず、個人的にはある程度の早期外国語教育の必要性の方に重みをかけたい。人の脳の発達過程の側面から見ると、言語的な発達あるいは成長は主に幼児期に完成すると言われる。調査によると、18ヶ月から6歳の間には思考力と性格形成されて、6歳から12歳の間には、立体空間的な認識機能と言語、理解機能の成長があると言われる。それから、思春期と呼ばれる13歳ごろが過ぎると精神的な成長を辿る反面で、このような言語的な習得能力は減り始めると言われる。こういう側面を考慮すれば、6歳以前までに、音楽や遊びなどを通して発音の認識の向上は無論、外国語を直接に感じ、身近に感じる雰囲気を作り出すことが大事だと考える。また、小学校の入学を基点に遅くとも2、3年生ごろからは、レベルに合わせて外国語教育を始めたほうが効果的だろうという気がする。それと共に、旅行などを通して得た他国文化との経験は子供たちに、言語に対する興味と動機誘発という大きな刺激を与えると思う。

政治、経済、文化の上で世界の間隙が段々狭まっており、ある個人にとって、母語以外の第2、第3言語の使用は、段々その重要性を募らせている。だから、早期外国語教育は色々な反論にもかかわらず、上の科学的な理由と共に、現実的な説得力を得ていると言える。ということで、両方の意見は、それなりに説得力が内包されている。しかし、あなたが現在幼い子がいる父母だったら、あるいは外国語の重要性に直面しているあなただったら、子女の為にどんな外国語教育の方法を選択するだろうか。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

韓国の人たちが、そういうふうに外国に妻や子供を教育のために送るのは、いつごろからはじまったのですか。