世界がどんどん狭くなっていっている。今のデジタル時代の通知の早さのおかげで、先進国の人達がいつでもすぐ通信が出来る。国内政治が海外海外のニュースに出て、国際的な政治になる。私達の経済、科学、文化、政治、生活自体のために外国語教育のがもっともっと大事になる一方だ。この必要性に応じて、アメリカ、日本、イギリスなどの国々の政府が外国語教育を義務教育の一部分にしているそうだ。しかし、幼稚園児の時に始めたらか、高校まで待つか、外国語の勉強をいったいいつ紹介したらいいかというと、専門家でも一致出来ない。外国語の勉強の基礎を早く築かないと、外国語の言語習得能力を失われてしまって、二度と同じように取り戻せないという意見を延ばす研究者が何人もいる。それでも、幼稚園児や小学校の時から外国語の勉強をしている生徒達の中で、新しい問題が現れているそうだ。二つの言葉が喋れると言うけど、どれでも母語のレベルではない。学校が外国語を中心にすると、母語はどうなるだろうかと聞いてみたくなる。二つの母語ある人ではなく、何の母語がない人になってしまう。外国語の前に、ちゃんと母語をうまく使用するようになったらいいのではないだろうかという意見を挙げたいと思う。
私が通学したイタリアにある国際学校では、外国語教育に関する体験をいろいろ得た。もちろん、その学校で一番多く話されていたのはイタリア語と英語だったが、集めたら35の国の国籍も持つ生徒と教師で、廊下を歩くと同じ数ぐらいの言葉も 耳に届いた。そんな国際的な雰囲気でも、授業の参加のためにさえ中級レベルぐらいの英語が出来なければいけなかった。しかし、その学校は自国の学校と違って、生徒が長く通学する学校ではなかった。毎年、国外在住者の新入子達が何人も現れて、去年の友達が何人も帰国してしまう状態だった。その学校で、外国語教育の経験が生徒によって多く異なることだった。生まれてから三つの言葉を学んだ国際子も、英語を話せるようになるために親に通学されたイタリア人も、国外在住前に外国語を勉強したことないアメリカ人高校生もいた。この広い差をちょっと調べて、生徒の経験とレベルを比較して、いろいろなことが分かった。
能力とレベルがもちろん個人努力によったが、よく分析してみるとパターンがあった。幼稚園児の時の英語での遊びのころからずっと国際学校を通学していたイタリア人の内には、英語のレベルが上級だった生徒は、5人の内に一人しかいなかった。イタリア語のレベルの場合は、イタリア語での授業が少なかったせいで、ミラノの公立学校の友達のレベルより全然低かった。外国人の私も出席した文学と歴史の授業があったが、ビジネスや科学の語彙がそのイタリア人にほとんどかなった。言葉の能力を二つに分けて、どれもの半分しかもらえなかったような気がした。その反対に、高校3か4年の時に現れる外国語を勉強したことないアメリカ人がいた。その人は、母語の英語が他の生徒の誰よりもうまく出来たけど、イタリア語に対する言語習得速度が大変遅かった。その高校生が中学生の半年ぐらいの進歩を得るために1か2年間もかかるのは普通だった。一方で、イタリアへの国外在住前にアメリカで外国語を勉強したことのある生徒は、言語習得がかなり高かった。
それだは、外国語教育をいつ始めたらいいかという質問にどう答えばいいだろうか。私の意見は、中学校が一番タイムリーな時かもしれない。10、11歳になると、母語の勉強を数年続けて、一つの言葉をよく理解して、うまく使えるはずだ。その一番大切な基礎の上に外国語のレイヤーを築き始めるといい結果が出ると思う。脳がまだ若くて、言語習得能力の発達が速いし、その能力を一度起こしたらもう一生そのような勉強が出来る。一つずつ言葉に努力を集中して進むと上手になるだろう。私の通訳者の友達の間では、最上の天才と思われているのは一番早く学び始めた人ではなく、ずっと前母語の大好きな人だった。外国語に勉強が不便ほどの時間がかかるに違いない。ちょっと早めようとしたい人が多くなっているけど、走ろうとする前に、歩くことをちゃんと出来たらもっとも上手になるかもしれない。
2005年11月22日火曜日
外国語教育 いつから初めていいでだろうか?
Posted by
たこ焼き
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9:25
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2 件のコメント:
どこの国でも、中学生からでいいと思いますか。それとも、国によって、事情は違うでしょうか。
筆者自身の体験談のようですが、あなたの外国語歴およびそのレベルに興味があります。母語は何ですか。日本語はあなたがいう「タイムリー」な時期に始めたのですか。
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